シンクロニシティ

ユングのシンクロニシティの最も有名な例は、プラム・プディングに関わるものである。ユングの語るところによれば、1805年にフランスの詩人エミール・デシャン(en:Émile Deschamps)が、ドゥフォルジュボー(de Forgebeau)からプラム・プディングをご馳走してもらったことがあった。その10年後の1815年、デシャンはパリのレストランでメニューからプラム・プディングを注文したが、給仕は最後のプディングが他の客に出されてしまったと告げた。

その客とはドゥフォルジュボーであった。更に17年経過した1832年、 デシャンはある集会で再びプラム・プディングを注文した。デシャンは昔の出来事を思い出し、「これでドゥフォルジュボー氏が居れば役者が揃う」と友人に冗談で話していた。まさにその瞬間、年老いたドゥフォルジュボーが部屋に入ってきたとのことである。
ユングの説明とは裏腹に、デシャン自身はドゥフォルジュボーの名を「ドゥフォンジビュ(de Fontgibu)侯爵大佐」としていて、ナポレオンに敵対して戦ったと書いている。しかし「ドゥフォンジビュ」という名の軍人貴族はフランス史のどこにも登場しないため、このプラム・プディングの話はデシャンによる作り話と考えられる。